388 針1/3 sage 2009/07/24(金) 12:30:33 ID:yVmehYtq0
塩原温泉のとある古い旅館で、実に惨たらしい事件が起こっていたことが発覚したのは、曇り空から既に夏の日差しを手に入れた太陽が顔を覗かせる六月の後半のことだった。
友人がトイレから戻ってこないことを怪訝に思った二十一歳の女子大生が、切羽詰った口調でフロントに問い合わせたところ、一階奥の女子トイレの個室で、刺殺されている女性が発見された。
その壮絶さは筆舌に尽くしがたいものであった。
まず、髪が全部毟り取られて、尼僧のようになっていた。
目は二つとも繰りぬかれ、眼球があるべき場所にはただ二つの黒い穴があった。
口はテグス糸で縫い付けられており、テグスを切って口を開いてみると、舌が切り取られているのが見つかった。

首から腰まで、点々と半径二センチメートル程度の小さい穴が穿たれていた。
また、恥部がテグスで強固に縫われている。
これら全てを確認する間もなく、女子大生は卒倒してしまった。
警察の焦点は、犯人がどこから入ってきたのか、というところに向けられた。
個室の中には緑色の洋式便器と枯れかかった百合の花がささった小さな陶製の花瓶が一つ置かれた蛇口、トイレットペーパー、それとガラス窓しかない。
トイレのドアはもちろん施錠されていた。女子トイレの個室は一つ一つが完全に独立しているため、上をよじ登って降りてきた、ということは一切出来ないようになっている。
便器の真後ろには四〇センチメートル四方の鍵付きのガラス窓が二つあり、スライドすると開くようになっている。

現場のガラス窓には鍵はかけられておらず、およそ十センチメートル――成人男性の掌がやっとこさ入る程度である――の隙間が空いていた。
四〇センチメートル四方のガラス窓から身体を入れ、こんな緻密な細工を行える人間など存在する訳がない。
どうしたものか、と悩んでいる最中、一人の警部がふと花瓶を手に持ったとき、その表面に一つの小さな穴が空けられていることに気がついた。
百合の花を引き抜き、花瓶を傾けると――中より小さなカメラが出てきた。盗撮が、行われていたのだ。


389 針2/3 sage 2009/07/24(金) 12:32:46 ID:yVmehYtq0
そこからは驚くべきスピードで事態は進展した。
中村という名前の旅館従業員が、自ら盗撮を行ったことを申し出て、犯行が行われたときのトイレの様子を撮った映像を警察に見せた。
盗撮映像は、中村の所有しているパソコンのHDDに入っていた。

扉を開けて女子大生が個室に入ってくる。
息をついてから、ドアを閉め、鍵をかける。
穿いているスカートとパンティを下げ、便座に座る。
尿を排出する。
と、キィと言う音を立てて窓が開く。
よく耳を澄ませると、裸足の足音が聞こえる。
女子大生が振り向く。はっと息を呑む。

「なんな――」
発した言葉の途中、女子大生の首筋は刺され、赤黒い血をどくどくと噴き出しながら身体が前のめりになる。
身体の上に何かが飛び乗る。
目を凝らすと――それは老婆であった! 
しみと皺だらけの黒い肉のせいでよく分からぬが、老婆の目は光を失っている。
唇は縫い付けられ、髪の毛を全部剃り、尼僧の格好をしている。
その法衣の端は、赤く不自然に染まっている。
その老婆は、老婆と形容することすら躊躇われるような――異形のなりをしている。
そして、その異形は、女子大生の目に移り、手に持った白銀の針を用いて眼球をくりぬく。

そうして取り出した二つのどろどろな塊を、異形は食する。食べ終わったとき、異形の頬には白いものがくっついている。
一つげっぷをしてから、異形は舌を切断してこれも食らうと、懐より取り出した糸を用いて口を縫い付ける。
冷酷非情な手つきであり、相当の手練であることを感じさせる。
それからは誰もが予想していた光景が映し出される。首から腰までを正確に突き刺し、恥部を封印する――。
だが、一番の問題は最後である。
異形は死体を「処理」し終えると、女子大生の頭上から突如花瓶の前に転移し、目に赤い光を宿して、

「われェを止めェよォうとッしてッもむゥだだァ……
しゅはァ視ィたものにうッつりィ、われェのおォもいィもォそォしてェわれェもそれだァけかッずをまッす……
じきにそちらへゆく……」


390 針3/3 sage 2009/07/24(金) 12:34:26 ID:yVmehYtq0
ビデオが止まったとき、皆の顔は蒼ざめ、花瓶を見つけた警部はあまりの気持ち悪さ故トイレへと駆け込んで嘔吐した。
またトイレにあの老婆が現れるのではないか――と嘔吐している最中に警部は思ったが、それは間違いだった――
映像が流されていた部屋に戻って彼が見たのは、他の警察官が全員ばったりと倒れ伏していた光景。

部屋は地獄絵図と化している。
血は床を覆い尽くし、饐えた匂いが部屋中に充満している。
うつぶせに倒れている同僚を恐る恐るひっくり返して顔を見ると、丁寧に目玉が抉られ、口が縫われている。
他の警察官もそうだ。
警部はその場にへたり込んだが、動く人間は誰一人とていない――キーボードとマウスをせこせこと操作して、自分の映った映像をYoutubeにアップロードする老婆以外には。