山小屋の夜

243 【山小屋の夜】 sage New! 2007/03/04(日) 22:33:42 ID:yaeggMmZ0
日本アルプス、八甲田……
冬山登山の経験が無いわけではなかったが、
今現在、小屋の外で吹き荒れる猛吹雪に、私たち4人は改めて冬山の恐ろしさを思い知らされていた。

……明日の朝には止むだろうか?
せめて視界が晴れてくれさえすればいいのだが――

私たちは大学の登山部の同期で、古い言い方をすれば『同じ釜の飯を食った仲』というやつだった。
大学で勉強した時間よりも山にいる時間の方が多かったかもしれない。
今になってみれば、もう少し勉強しておけよ、とあの頃の自分に言ってやりたいが、
引き換えに得た仲間との楽しかった日々を思えば安い代価だろう。

しかし就職してからというもの、仕事に時間を割かれ、ろくな休みも取れない日々が続き、すっかり山登りから離れて暮らしていた。
同窓会代わりに山に登らないかという友人たちの誘いが無ければ、リュックもピッケルも物置でほこりを被ったままだったろう。
再び山に登れるという想いに、私は年甲斐もなく浮かれていた。それは友人たちも同様のようだった。
そんな私たちを、山は吹雪で迎えてくれた。

 びょおびょお
    びょおびょお

吹雪は容赦なく続いていた。

244 【山小屋の夜】 sage New! 2007/03/04(日) 22:34:22 ID:yaeggMmZ0
古い山小屋だ。ガタガタと窓が揺れ、サッシの隙間から風が入り込んで、気味悪い笛のように音を立てている。

「寒いな……」

小屋の中に暖を取れるようなものはなかった。古ぼけたストーブが置いてあったが、肝心の燃料がない。

「だったら裸で温めあうか?」
「よせよ。俺は女房一筋なんだ」
「つれねえなあ」

軽口を叩き合う仲間たち。
ちっとも変わっていない。こいつらは、昔からこんな感じだった。

だが、寒いのは事実だ。
このまま吹雪が続けば、私たちは凍え死んでしまうだろう。
私たちは朝になるまで眠らないように身体を動かし続けることにした。

四隅に一人ずつ座り、時計回りに走って次の人にバトンタッチするだけの単純な運動。
もちろん、私たちはこれが四人で出来ないことを知っている。
だから私たちは、次の人に当たるまで走り続けることにした。

友人の名前を呼んで、肩を叩く。反応が鈍いのは、やはり睡魔が訪れているせいだろう。
もっとも、私も他人のことは言えないのだが。

半分寝ぼけていたせいか、朝までに何周したかは分からない。
窓から茜色の朝日が差し込んで初めて、私は小屋を揺らしていた吹雪が治まったことを知った。

245 【山小屋の夜】 sage New! 2007/03/04(日) 22:35:23 ID:yaeggMmZ0
……これで帰れる。
私は安堵して立ち止まり、仲間たちに向き直って――――――



言葉を失った。
仲間は、誰一人として部屋の四隅にいなかった。
部屋の真ん中で、四人が折り重なるように…………ッ!?

「うああああああああああああああっ!!」

私は悲鳴を上げて小屋を飛び出した。
荷物も、彼らの亡骸さえも置き去りにして。

「あアあアアあアアアアアああああアアアアアアアアアああっ!!」

……気が狂いそうだった。
これは夢だ。夢じゃなきゃおかしい。夢なんだと心の中で繰り返しながら雪の山道を駆け下りてゆく。
だって、おかしいじゃないか。


あそこに死体が4つあるなら、ここにいるワタシは一体ダレだ?