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sage 2006/09/08(金) 20:08:33
ID:E794XVfn0
- 彼女とのデート中、映画館に行くため信号待ちをしていると、スクランブル交差点の向かい側におかしなヤツが居るのに気がついた。
紙のように真っ白い素肌。長い髪は何年も洗っていないかのようにボサボサで、ベージュ色の服もズタズタだ。
女のようだが、ホームレスと言った雰囲気でもない。そいつが、フラフラと揺れながら、俯いている。
普通そんなヤツが近くにいれば距離を離しそうなもんだが、周りは見ない振りをしているのかいたって普通だ。
俺が不思議がって観察をしていると、突然、女の体の揺れが止まった。 俯いていた顔をゆっくりと上げる。
何も映していなかった澱んだ瞳が、邪悪な意思で俺を捕らえた。 口が裂けたようにバックリ開き、それが凄惨な笑顔を作ると、今度は俺が俯く番だった。
―――ヤバい!!! 背骨が氷柱にでもなったようだ。 全身から冷や汗が拭き出す。
『アレ』はこの世のもんじゃない。生まれてこの方、霊感なんぞ欠片もない俺だが、何故か確信できた。
一度下を見ると、顔を上げるのが怖かった。また、あの瞳で見られたら、多分俺は気が狂ってしまう。
澱んだ瞳は、まるで悪意が結晶になったようだった。見た者を暗い底に引きずりこもうとするような・・・。 思わず、繋いだ手に力が入ってしまう。
「○○君・・・?手、痛いよぉ・・・。」 「あ・・・ごめん。」 不満げに鼻を鳴らす彼女に、俺は慌てて謝る。
彼女は眉を寄せると、そのまま進行方向を向いた。 「なぁ・・・向かいに変なヤツいないか?」 「え・・・?」
「ほら、あの女・・・髪の長いヤツ・・・。」 「んー?いないよぉ?」 見間違いだったのか?俺は恐る恐る顔を上げてみる。
だが、ヤツは同じ場所に居てあの澱んだ瞳で俺を見ていた。 慌てて視線を下げる。 「・・・どうしたの?」 「いや・・・何でもない。」
俺は再確認するのが恐ろしく、下を向いたまま辛うじてソレだけを言った。 あれだけ異質なヤツが目を引かないわけない。
彼女が居ないと答えたということは、見えていないのだろう。もう一度尋ねて、同じコトを繰り返すのはごめんだった。
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sage 2006/09/08(金) 20:10:17
ID:E794XVfn0
- スピーカーが、能天気な電子音で『とおりゃんせ』を鳴らす。
道の向かいに結構な人数が居たように、こちら側にもそれなりの人間が居る。
正直回り道でもしたかったが、一旦流れ出すと、それに逆らうのは不可能だった。 歩きながら、それでも気になってチラチラと上目遣いで相手を確認する。
俺の真向かいから、『ソレ』は歩いていた。近づくにつれて、その詳細な姿が嫌でも目に入る。
ベージュ色の服だと思っていたそれは、実際は汚らしい染みで染まっていた。何の染みかは、意識的に考えないようにする。
片方のヒールが折れていて、そのせいかヒョコヒョコと歩き難そうに上体を揺らしている。
普通の女の子だったら『可哀想に』と苦笑いでもできそうだが、今はその仕草がかえって不気味だった。
向こうも俯いている上に長い髪に隠れて、その表情は見えない。あの瞳が見えないのはありがたかったが、できればこのまま何事もなく通り過ぎて欲しかった。
頼む、このまま消えてくれ。俺は関係ない。 いつもならあっという間に渡ってしまう横断歩道が、恐ろしく長く感じる。
すると、突然彼女が繋いでいた手を離し、腕を組んできた。 「え・・・?」
「へへへ・・・何だか変だったからさ・・・こうすると、安心でしょ?」 「・・・・ああ。」 余計なことを聞かない気遣いが嬉しかった。
俺は大きく深呼吸をすると、心を落ち着ける。腕に感じる彼女の温もりがありがたい。 大丈夫だ。あと一分もすれば、何もかも笑い話になる。
俺は必死になって、自分を説得しようとした。
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sage 2006/09/08(金) 20:11:24
ID:E794XVfn0
- 大丈夫だ。『アレ』はなんでもない、只の女だ。
どこにだっているだろう?ちょっと頭のイカれた、可哀想な人間。
無視してやれば、普通に通り過ぎてくれるはずだ。 大体、目が合ったくらいで何で俺がここまで怖がらなきゃならない。
無視だ、無視。無視無視無視無視無視・・・・・・・。
視界に踵の折れた真っ赤なヒールが入った。それは立ち止まることもせず、そのまま立ち去ろうとする。
――そうだ、俺はお前なんか見てない。俺は何にも見てない。
「見えてるくせに。」 「え・・・?」
――反射的に顔を上げると、交差点に居る全員が俺をあの澱んだ瞳で見ていた。 彼女が言った。 「・・・・見えてるくせに♪」
彼女の組んだ腕に、俺が感じたことがない程の力が入った。
もう二度と離すものかと言ってるようだった。
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