壁の向こうの会話(赤いクレヨン+α)


386 369 1/4 sage 2006/09/13(水) 18:00:40 ID:q8DAVcf70
その家に越してきた家族の父親は、二階の廊下の突き当たりに、妙な空間があることに気がついた。
下見に来たときは気付かなかったが、図面を見ても、外見と内装を見比べても
突き当たりの先にもう一つ部屋があるはずだった。
不思議に思い、不動産屋に許可を貰って壁を取り壊して見ると・・・

※          ※          ※

目を開けても、目を閉じているのと変わりがない闇で、あなたは覚醒する。
自分の身に何が起こったのかまるで判断がつかず、あなたは暗闇で途方に暮れる。
手探りで這いつくばって、何とか周囲の状況を把握しようとするが、
そこは二畳ほどの狭い空間で、家財道具の類はおろか窓や照明、コンセント、
果ては入り口の類もないことがわかり、それはさらに絶望を深くした。
只一つ、見つかったものは、紙に巻かれた硬くて小さい棒状の何か。
始めはタバコかと思ったが、ソレにしては手触りが硬すぎる。
臭いを嗅いで見るが、どこかで嗅いだこともあるような気がしても、それが何かは一向に思い出せない。
あなたは一先ず、そのささやかな拾得物をポケットに入れ、昨日の行動を考える。
とは言っても、あなたはここ半年の間まともに外出をしておらず、それは最後に眠りに就くまで同じだったので、どうしようもない。
いつもと同じように、いつものベッドに横たわり、いつものように寝ただけだ。
そして、目が覚めたらここに居た。
一体何なのだ。
あなたは呻くと、膝を抱えて座りこんだ。既に時間の感覚は消え失せている。
膝の間に顔を埋めると、疲れが一気に押し寄せて、再び意識が遠のいた。


387 369 1/4 sage 2006/09/13(水) 18:01:21 ID:q8DAVcf70
・・・・
・・・・・・遠くから声が聞こえる。
あなたはその声で目を覚ます。自分の正面の壁の向こうから、それは聞こえた。
助けが来た!!
あなたは喜び勇んで壁に駆け寄り、耳を押し当てる。
「・・・・っ!」
「ぁ・・・と・・・ぃ。」
はっきりと聞き取れないが、あなたは久しぶりの他人の声に狂喜して壁を叩く。
ここだ。俺はここにいるぞ!!
自分の身に何が起きたのかは知らないが、もうすぐ出られる。
この壁が壊れて、外の光を見ることができる。
引きこもっていたときは、太陽の光はただ眩しいだけのものだった。
だが、今はそれがこんなに恋しい。
そうだ。無事に外に出たら、職を探そう。
どこの誰が、自分をこんな目に合わせたのかは解らないが、とにかく俺は生まれ変われる。
外の世界に出て、親孝行もたくさんしよう。
もう一日中パソコンで掲示板を巡る生活は終わりだ。
都合がいいと言われようが、単純と馬鹿にされようが構わない。
俺は・・・俺は・・・・

388 369 3/4 上は2/4の間違いです sage 2006/09/13(水) 18:02:32 ID:q8DAVcf70
「仕事、探すよ。」

・・・・・・・・・・・?
あなたは壁の向こうから聞こえた声に、眉を寄せる。
聞き間違いかと思い、更に耳を壁に押し付けると、今度は声がはっきりと聞こえた。
母親の声。
「仕事探すって、あんた・・・。」
父親の声。
「あのな、いきなりそんなこと言っても、世の中甘くない・・・。」
そして。
「そんなこと言ってたら、何にもできないだろ?
とにかく、このままじゃいけないんだ!今までずっと思ってたけど、とにかく、変わらなきゃ!!
仕事に就けるか就けないなんて、探してみなきゃわかんないだろ!?」
・・・・・・誰だ?
誰だ?この声は。
聞こえ覚えがないようで、どこかで聞いたことがある気もする。
いや・・・これは・・・この声は・・・。
「そんなこと言ったって・・・・○○。」
母親の声が、あなたの名を呼ぶ。
その一言に、あなたは愕然とする。
あなたは必死になって壁を叩く。大声で叫ぶ。
だが、それにも関わらず、両親の声はあなたに向けられていない。
「・・・母さん。もういいじゃないか。○○がやってみたいと言ってるんだ。」
「あなた・・・。」
「だがいいか?○○。世間というのは本当に甘くない。やるなら、必死の覚悟が必要だぞ?」
「うん・・・解ってる。でも・・・俺、いっぱい迷惑かけたし・・・。」
「馬鹿なことを言うな。自分の息子の世話を迷惑と思う親がいるか。なぁ、母さん。」
「・・・・えぇ。もちろんよ。○○。頑張ってね。」

389 369 4/4 sage 2006/09/13(水) 18:04:36 ID:q8DAVcf70
違う!!!!!そいつは俺じゃない!!!!
俺はここに居る!!!お前は誰だ!!!!
俺の声で俺の親に話しかけるお前は誰だ!!!!
あなたは半狂乱になって、力の限り壁を叩き続ける。
手から血が滲んできたのが解る。心臓が爆発しそうな音を立て、全身から冷たい汗が噴出す。
しかし、そうまでしても、あなたの声は届かない。
向こうの声は、不自然なほどはっきり聞こえるというのに。
「うん・・・俺・・・頑張るよ。」
声を詰まらせ、壁の向こうの『あなた』が言う。
やめろ!!!これ以上俺の声で喋るんじゃない!!!
出してくれ!!!俺をここから出してくれ!!!
出せ!!出せ!!出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ!!!!!!!!
父さん!!!母さん!!!俺はここだ!!!本物は俺だ!!!
なんでもするから!!!職だって探すし、いっぱい孝行する!!!
パソコンを捨てたっていい!!!!なんでもするから
だから、出してくれ!!どうか気付いてくれ!!!
父さん解らないのか、実の息子がここにいるんだ!!母さんは見抜けないのか何年親子をやってると思って!るんだ
誰か気付か!ないのかお前は誰だ偽者めぶっ殺!!してやる俺に気付かないクソ親も!殺してやるいや嘘だ殺すなん
て言わないから今のはちょっとした冗談だkらちょっと考えたdけだkらおやはたいせつにしますkらいままでのこ
とだってあやmりますごめんなぁいごめんなさいごめんなさぁい助けてくr助けてくだしぁたすけtkださいたすけ
tたすけたすけたたたたたたた・・・・・・・

・・・・・・おとーさん・・・・・おかーさん・・・・

あなたは混乱し、絶望し、悲嘆し、嫉妬し、憎悪し
そして、あらゆる負の感情の激流に、とうとう理性が耐えることができず発狂した。
その寸前、あなたの脳裏を、古い記憶が掠める。幼い頃の他愛ないやり取りが、まるで一筋の縋りつくべき光のように・・・。

『ダメでしょ?壁に落書きしちゃ・・・。』
『そうだぞ。そんな悪い子はな、お父さんとお母さんはどこからでも飛んできて怒るからな。』
『ええ、○○が大人になっても、悪いことしたら怒りますからね?解った?』


390 369 5/4 sage 2006/09/13(水) 18:05:58 ID:q8DAVcf70
※    ※    ※

その家に越してきた家族の父親は、二階の廊下の突き当たりに、妙な空間があることに気がついた。
下見に来たときは気付かなかったが、図面を見ても、外見と内装を見比べても
突き当たりの先にもう一つ部屋があるはずだった。
不思議に思い、不動産屋に許可を貰って壁を取り壊して見ると、
そこにあったのは身元がわからない成人男性の白骨死体と、その手元に転がる赤のクレヨン。
そして、壁一面そのクレヨンで書かれた
『おとうさんおかあさんごめんなさい だしてだしてだしてだしてだして・・・・』という文字だった。


391 369(ミロク) sage 2006/09/13(水) 18:07:42 ID:q8DAVcf70
以上、ドッペルゲンガー+クレヨンの部屋でした。
4レスに収まらなかった上に長いなぁ・・・・
個人的には、もうちょっと短くまとめたかったのですが。