悪い子

467 1 2006/09/19(火) 23:28:12 ID:CvfHowhR0
元ネタははなまはげで。

昔からこの地方では子供が悪い事をすると、般若のお面をかぶった男性がどこからか現れ、「悪い子はいねぇかぁ」と度々叫ぶ事があった。
当時幼稚園児だった私と妹はこれがすごく怖く、気が弱い妹に私はよく悪戯の罪を擦り付けていた。

それは私が小学一年生になった頃だった。

「お姉ちゃん見て、子猫がいる」
夏休みに入った最初の日、妹が縁側にいる子ネコを見つけて庭の木陰で涼んでいる私の所へ連れてきた。
我が家は田舎にある一軒家で、隣の家でも百メートルほどの距離がある。
そのため家の周囲は自然が大変豊かで、子ネコが縁側まで進入して来ても不思議ではなかった。
「ホントだ、可愛いね」
私が言うと、妹に抱えられている子猫は弱々しく一鳴きした。見るからに弱っていた。
「この子お腹減ってるのかなぁ……。お母さんとはぐれちゃったのかな」
子猫を見て妹が心配そうに言った。そんな彼女を見た私は、彼女を元気付けるためにこう言った。
「じゃあ、この子内緒で育てちゃおうか。大丈夫。この子のお母さんが見つかるまでだから」

その日から私と妹の間に秘密の習慣が出来た。毎日縁側の下でダンボールに入れている子猫にミルクを上げるのだ。
私の家の父と母は共働きで、日中は田んぼに出て仕事をしている。朝は早く、夜も早めに就寝するのでこの秘密がばれる事は無かった。
子猫を育ててしばらく経った。夏休みもそろそろ折り返し地点になり、私達は外に出かけて遊ぶ事が多くなった。母ネコの事は既に頭から消えていた。
「あ、もうミルクの時間。ネコちゃんにミルクあげなきゃ」
律儀な妹はお昼時になると毎日家に帰り、子猫にミルクを上げていたが、私はと言うとネコを育てることが億劫になりはじめていた。


468 1 2006/09/19(火) 23:29:33 ID:CvfHowhR0
ある日、妹が食中毒になった。どうやら昼間遊びに行った時に食べた果物が原因だったらしく、妹はしばらく入院する事になった。
「私がいない間、ネコちゃんのご飯ちゃんとあげてね。お姉ちゃん」入院する際、妹は弱々しく私に言った。
私は最初は妹に言われた通りにミルクを上げていたが、やがて段々と面倒臭くなり、ご飯を上げる回数は徐々に減って行った。

私が三日ぶりにミルクを持って縁側に行くと、縁側の下から異様な臭いがした。顔をしかめながらダンボールを取り出すと、ガリガリにやせ細った子ネコが中で横たわっていて、たくさんの虫がネコにたかっていた。明らかにネコは死んでいた。
私は戦慄した。背後から、重苦しく響く声がしたからだ。
「悪い子は、いねぇ、か」
私が振り向くとそこには上下共に黒いスーツを着た般若のお面をかぶった男が立っていた。手には鎌を持っていて、いつもと少し様子が違った。
彼はいつも私や妹が悪い事をすると、彼は私達の前に現れて、脅かしていくだけだった。手に鎌を持って、スーツを着ている事など初めてだった。

「こ、これは違うの。私じゃないの」
私は慌てていた。額に冷たい汗が流れるのが分かる。
目の前の男はなにも言わずただ黙って立っているだけだった。それが私に更に威圧感を与え、私は苦し紛れに言い訳をした。
いつもの様に、妹を使って。
「これは……そう、これは妹が悪いの。妹が入院なんかしてネコをほったらかしにしておくから。私は何も悪くなんてないんだよ。悪い子は」
「お前」
気がつくと目の前の男は鎌を振りかぶって冷たい視線で私を見下ろしていた。暑い夏の日差しに鎌が光り、私は目を開けていられなくなった。
左手に鋭い痛みが走り、私の意識は遠のいて行った。



469 1 2006/09/19(火) 23:30:10 ID:CvfHowhR0
目を覚ました時、私は病院のベッドで横たわっていた。父と母が心配そうな顔で私を見下ろしており、私は自分の命がまだ活動している事を悟った。
「よかった……目を覚ましたのね。あなた鎌で怪我をして倒れていたのよ」
母が涙声で私に言った。見ると私の左腕には大量の包帯が巻かれていて、私は自分の左手が切りつけられた事を悟った。
体の他の部分は大丈夫だったが、左腕の指が親指を除く四本、切り落とされていた。

あれ以降般若の男性を見る事は無くなった。今になって思うと、彼は子ネコが死んだために喪服を来て来たのではないかと思う。
私の指はもう無い。
それはネコの命の代償として、彼の手に渡ったのだろう。
静かな静寂に満ちた我が家に、どこからかネコの声が鳴り響いた。