紙の色と声の主

2006/10/09(月) 00:16:00 ID:URo6chZ30
久しぶりに書いたけどオチが無理やりすぎるかもしれん。


その日、急な腹痛に襲われた僕は学校のトイレに駆け込んだ。
人が多い新校舎のトイレに入るのは恥ずかしかったので、新校舎から少しはなれたところにある旧校舎のトイレに行く事にした。
旧校舎は新校舎と違い現在はまったく使われていない木造の校舎で、出入りは自由に出来るが普段は誰もいない。
そこは学校の中にあるのに学校では無い様な、どこか異空間染みている場所だった。

トイレに入って用を済ませた後、不意に紙が足りないことに気がついた。
「あ、紙が無い。困ったなぁ、ポケットティッシュは持ってないし……」
僕がそう言うと不意にどこからか声がした。頭の中に響く様な、どこか優しい声だった。
『紙ならあるよ。何色が良い?肌色?赤色?青色?それとも白?』
僕は名も知らぬ誰かの温情に感謝しながら、白色の紙がほしい事を伝えた。するとトイレに声が響いた。酷く失望した、つまらないと言いたげな声だった。
『白?ふぅん』
声はそう言うとトイレのドアの下にあるわずかな隙間から白い紙を数枚差し出してくれた。僕は感謝の言葉を述べて紙を使った後、トイレを出た。
だが不思議な事に、トイレの中には人の姿は見えず、耳に入ってくるのはただ水道の水滴が落ちる音だけだった。

その日から、トイレの紙が無くなって僕が困るたびに、声が聞こえるようになった。
家のトイレであれ、学校であれ、駅であれ、声は同じようにトイレの中に響いた。声が聞こえて来る時、辺りは必ず深い静寂に包まれた。

『ねぇ、君はどうして白の紙しか選ばないの?もっと他の色を選んでよ』ある日声は僕に尋ねた。
「だって青や赤の紙でお尻を拭くなんて変だよ。そんなに別の色にしてほしいなら最初から白い紙を選択の中に入れなければ良い」
僕が言うと声は『なるほどね』と言ってそれっきり僕の言葉に答えなくなった。どうやらどこかに行ってしまったようだ。


592 1 2006/10/09(月) 00:17:14 ID:URo6chZ30
その日から、旧校舎のトイレに関して奇妙な噂が流れはじめた。
トイレの紙が無くなったときに誰か親切な人が声をかけてくれる。何色の紙が欲しいのか、と。その問いかけに決して答えてはいけない。
青を選ぶと溺死し、赤を選ぶと出血死、肌色は体中の毛が引きちぎられるから。噂はそんな内容だった。
皆はそれを恐れ、実際噂どおりに死ぬ生徒も数人現れた。僕は、もしかしたら声の主がやったのではないかと思い、旧校舎のトイレに向かった。

『君のおかげで、私はとっても楽しいよ』トイレの個室に入ると声が僕に言った。
「君が皆を殺したの?」
僕は真相を尋ねた。自分が事件の発端になってしまったかもしれないという恐れが僕の中にあった。
だが、声に対する恐怖は無かった。頭の中に響く優しい声に対する気持ちの緩みは、いつの間にか僕の中にある恐怖を凌駕していた。
『うん。それで、今日は何色の紙が欲しいの?』
声は楽しげに言った。幼い子供がはしゃぐような、無邪気な声だった。その声を聞くと、不意に声を自分だけの物にしたいと言う欲望に襲われた。
その甘く幼い声を自分の物にする事を想像するだけで、形容し難い感情が僕の心を満たした。
「今日は、肌色が欲しいな」気がつけばそう口にしていた。



593 1 2006/10/09(月) 00:17:53 ID:URo6chZ30
『本当に?本当に肌色で良いの?』声はうれしくてたまらないと言った様子で言った。その声を聞くと、僕の感情は大きく揺らぐ。
「うん、だから早く姿を現してよ。僕に紙を頂戴」
僕が言うと不意に頭部が激しい痛みに襲われた。誰かが髪を引っ張っている。そう思った時、僕は髪を引っ張っている手をつかみ、引きずり落とした。自分でも信じられないくらいの力だった。
ドスンと言う鈍い音が狭い個室に響いた。見ると見た事も無い少女が白目を剥いて地面から僕を見つめていた。口は醜く歪み、涎が垂れている。僕は目の前の光景が信じられなかった。
「君が、あの声の主?」
僕が尋ねると少女は言った。僕が長い間恋焦がれていた、あの優しい声で。『えへへへ、そうだよ』

気がつけば僕は少女を便器に打ちつけていた。白い便器が真っ赤に染まる。
信じられなかった。あんなに美しい声がこんな醜い少女から発されていることが。彼女はきっと偽者に違いない。そんな考えが僕の中に生まれた。
醜いものはいらない。こんな醜いものはこの世から消えるべきだ。
『やめ、やめ…て……』
息も絶え絶えに声が呟く。黙れ。黙れ。黙れ。そんな醜い顔で僕に話し掛けるな。僕の声を返せ。あの優しげな、聞いているだけで世界が幸福に包まれるような、あの声を。
既に便器は割れ、個室は血で満ちていた。それでも僕は止めなかった。本物の声の持ち主が現れるまで、偽者を消す。それは宿命のように感じた。

僕は声の主を探している。だけど今、声が響くことは無い。
だから僕は声の代わりに、トイレで紙をあげることにする。そうすればいつか再び、あの声と出会える。そんな気がした。
赤、青、肌、白。いろいろな紙を、紙を持っていない人に。
紙ならあるよ。何色が良い?