- 605 1 2006/10/10(火) 01:54:51
ID:Ta3qiPnY0
- >>600
安心してくれ。俺も笑った。
夏になり、大学が夏休みに入った時のことだ。 お盆に、死んだ彼女の明美が我が家に帰ってきた。
顔色は血の気が無く青ざめていたが彼女の優しい瞳は生前のそれとなんの代わりも無かった。
明美はまるで天使のように優しい微笑みを浮かべると「ただいま」と言った。
明美は明るい女だった。いつもいろいろな人に気を使い、彼女の存在は優しさに満ち溢れていた。
そんな彼女は去年突然亡くなった。大規模な交通事故だった。 俺は彼女の死を知った時、自分も後を追って死のうかと考えた。
彼女の存在はそれほど俺にとって大きかった。
その彼女は今俺の家で料理を作っている。味噌汁の匂いが俺の部屋に満ち、俺の心を落ち着けた。
死んだ彼女はいま、俺の部屋で生きている。いや、生きていると言う表現はおかしいかもしれない。
明美はお盆の間だけしかいられないと言う事を俺に言った。 だからまたすぐ彼女とは別れてしまうのだ。そう考えると俺の胸は締め付けられた。
すると明美は俺の心を見透かしたように言った。
「今、一緒にいられることを喜びましょう。今楽しめる事を全力で楽しみましょう。たとえ私がいなくなっても、あなたがいつも私を傍に感じられるように……」
それから一週間ほど、俺は明美と共に時間をすごした。甘味で濃密な時間。俺は、つかの間の幸福を全身で感じた。
今俺の傍に明美がいる。それを決して忘れないでおこうと、心に誓った。
そして、運命の日、明美は俺に言った。
「私は今日で帰らなくちゃいけない。たぶん、あなたと会えるのは今年が最初で最後だわ。だから、今から私が言う場所へ、私を連れて行って欲しいの。私に、あなたとの最後の思い出を、刻ませて欲しいの」
- 606 1 2006/10/10(火) 01:55:31
ID:Ta3qiPnY0
- 俺は車で明美を乗せて山道を走った。妙に入り組んでいて、人通りが少ない。
「あの場所へ行けば、きっとあなたの心にも、私の心にも、お互いが永遠に居続けられるわ」 助手席に座った明美が言った。
しばらく走ると照明も何も無い暗いトンネルに入った。ただそれほど長い物ではないらしく、出口が数メートル先に小さく確認できた。
俺はアクセルを踏み、スピードを上げた。その時だった。
「……!!」
不意に車の前を動物が横切った。それがネコだと分かる前に、俺はブレーキを踏んでいた。
ギギギぃ、と地面とタイヤがこすれる音がトンネル内に鳴り響いた。 「あー、くそ」 俺は外の様子を確認するため、明美を置いて車を出た。
「なんだよ、これ」 驚いた事に照明の無いトンネルには大きな穴が開いていた。ずいぶんと深い物らしく、底が見えない。
俺は戦慄した。もしあのネコがいなければどうなっていただろう。もしかしたら俺達は、いや、俺は死んでいたかもしれない。
バタン、と音がした。振り返ると明美が無表情で車の傍に立っていた。
一歩、また一歩と、明美は俺に近付いてきた。目が虚ろで、焦点があっていない。
そして俺の目の前に来ると明美は、目を大きく開いて不気味な笑みを浮かべた。 「あーあぁ、死ねばよかったのに」
|