灰(葬祭〜師匠シリーズ)


807 1 2006/11/09(木) 12:33:41 ID:ZXNng+wv0
>>801
糞長くなった上にオチが分かりにくいかもしれん

昔から我が家には決して開けてはならない箱があった。
ただ俺はその箱の場所は知らない。知っているのはその存在だけだ。

俺の一族は代々村で祭られている祠を守るのが役目とされており、
村では一年に一度、我が家が中心となって目覚める死者の魂を沈める為の祭りをする事になっている。
そのため東京の大学に進学した俺は毎年ある時期になると生まれ故郷へと戻らねばならなかった。

そして今年も、また祭りの手伝いをするよう親父から連絡があった。
親父は現在祠を守る一族の代表として村に住んでおり、いつもは農業などを生業にしている。
毎年この時期になると親父が電話してくるのは最早恒例行事と言えた。

「師匠の実家って、結構遠いんですね」
村に帰郷し、実家へと続く長い坂を上っている途中で後輩が言った。
彼とは大学のサークルで知り合った仲だった。俺を師匠と呼ぶ、少し代わった奴だ。

祭りの準備は毎年異常なまでの忙しさに襲われる。そのため俺は人手を増やすために彼を誘ったのだ。
ただ親父には言っていなかった。親父は祭りに村の者以外が関わる事を必要以上に嫌っていた。
「俺ん家は山の中にあるからな。まだもうちょっと歩くぜ」
俺が言うと後輩は嫌そうにため息を漏らした。
「我慢してくれよ。バイト代は弾むからさ」俺が言うと彼は渋々と言った感じで足を運んだ。

808 1 2006/11/09(木) 12:34:58 ID:ZXNng+wv0
しばらくして、ようやく我が家が見えてきた。見ると小さめの家庭菜園で親父が作業している。
「あれ、師匠のお父さんですか。でもどうして畑に灰なんてまいてるんです?」
親父の作業を目にして後輩が言った。
「馬鹿。物を焼いた灰って言うのはいい肥料になるんだよ。そんな事も知らないのか?」
俺が馬鹿にした口調で言うと後輩は感心したように相打ちをした。
するとその様子に気付いた親父がこちらに近付いてきた。酷く驚いた表情をしている。
「雄吾、こちらの方は誰だ」
俺は親父に後輩に祭りの手伝いをしてもらう事を言った。
親父は苦い顔をしていたが、ここまでの道のりを考えると容易に帰れとも言えないようだった。
こうして、後輩はしばらく家へ滞在する事になった。

祭りの前日になり、俺達は急激に忙しくなった。祠を飾り、祈祷の準備をする。
親父と御袋は村の方で別の作業を行い、祠の飾りつけは通常村の他の人間は関わらない事になっていたので祠での作業は専ら俺と後輩で行った。

「師匠、これ何ですかね」
準備が終わりへ近付いた頃、祠を磨いていた後輩が言った。見ると祠の後ろ側に大人が楽に入れそうな大きな穴が空いていた。
「古い場所だからな。地面の岩が脆くなって崩れたんじゃね。で、下が空洞になってたと」
「何か大きな木箱がありますけど」
良く見ると穴の奥には棺おけの様な箱が置かれていた。穴に入って近付くと箱から異臭がするのがわかる。



809 1 2006/11/09(木) 12:35:40 ID:ZXNng+wv0
「昔から開けたら駄目だって言われてる箱があるんだわ」
「えっ?」
「ただ俺は中に何が入っているのかも知らないし、どこにその箱があるのかも知らない」
「じゃあもしかしてこれがその……?」
後輩が息を呑んだ。
「箱かもしれんな。お前には言ってなかったけどこの村は昔から今でも奇病で亡くなる老人が結構いてさ、今回やる祭りって言うのも奇病を治めるために行われてるんだぜ」
「奇病って?」
「老人がな、腹に子供を孕んで死ぬんだよ」
老人が腹を膨らませて亡くなる。それも腹が膨らみ出すのは死ぬ一時間ほど前からだと言う。
「戦前ここはすごく貧しい村だったんだ。だから飢えで死んだ子供もたくさんいた。ただ老人はなかなか死ななかったそうだ」
「どうしてですか」
声を震わせて後輩が言った。俺はそれに答える。
「死んだ子供を食べてたからな」

その時箱がゴトリと音を立てて動いた気がした。後輩は腰が砕けたように座りこみ、俺は箱を凝視した。
中に何が入っているのか確かめる必要がある。俺は箱をゆっくりとひらいた。驚くほど簡単に開いた。

「な、何が入ってたんですか?」後輩の問いかけに俺は答えた。
「灰だ」
箱の中味は灰で占められていた。先ほどの異臭はしない。俺は奇妙に感じた。
「灰って、これ、何の灰ですか?」

810 1 2006/11/09(木) 12:36:18 ID:ZXNng+wv0
俺は少し考えて答えた。
「あくまで俺の推測だが、これは……子供の灰じゃないだろうか」
「どう言う事です?」
「さっき老人が子供を孕んで死ぬって言っただろ。これはその子供を死んだ老人から取り出して火葬した灰を集めたものじゃないかって思うんだ」
「え?じゃあ無くなったお年寄りの人の灰は?」
「それは普通に墓に入れられるんだ。だが子供は違う。これは明らかに呪いだとか、そう言う類の物だからな。灰を一箇所に集めて祭る必要があったのかもしれん」
子供を食べれば孕んで死ぬ。これは呪いだと当時の人間は考え、火葬して灰すら表に出ないように厳重に封印する。そうする事で奇病は消えるはずだった。
「師匠」
不意に後輩が言った。
「でもこの村では今も子供を孕んで亡くなる老人がいるんですよね」
「あぁ……」
「それって、祭っても効果が無いって事ですか?」
「違う」
俺はきっぱりと否定した。既に答えは出ていた。
「おそらくこの灰。老人が吸えば子供を孕む」
「えっ?」
「吸えば孕むんだから、食べても孕む。そして親父は昔からこの奇病に関してはやけに神経を使う人間だった。
外部の人間が奇病になるのを恐れていた。でも親父は、奇病がなくなって欲しくなかったんだ。
祭りをする役目は家計を支える大事な生業のひとつでもあったからな」
「つまりどう言う事ですか?」
俺は今まで親父の作った野菜を食べた事がない。作られたものはすべて村の市で売られる。
「親父は灰を撒いていたんだ」